心 と 余裕

最近、心に余裕がなくなっている。

ちょっとしたことでイラついたり、声を荒げたり、不機嫌になったり…

思うように用事が進まない苛立ちや、ゆっくり本を読む時間がないせいかもしれない。

朝は5時半に起きて旦那を送り出して、洗濯しながら自分のお弁当作り、ギリギリでバスに乗り職場に向かう。
残業して、クタクタになって買い物をして帰り、晩御飯を作って食べて片付けをする…

同じことの繰り返しを続けていくうち、ふと、自分は何のために働いているんだろう?と、自問してしまうときがある。
家事をしながら、家族は誰もありがたいなんて思っていないのに、なんでがんばるんだろう?と不安になる。

要は、「頑張ってるね、ありがとう」って言って欲しいだけなのかもしれない。

でも、
当たり前だと思われ続ける辛さよりは、たった一言のありがとうがどれ程救われるか。

所詮、人なんて誉められてなんぼなんでしょうね。


          by  蜩

初めてのスマホ投稿でした。うまくできたかな?
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私の中の、蛇。

私は、自分の中に一匹の蛇を飼っている。

その蛇は、私の怒りや悲しみを糧に成長していく。
“それ”は今では随分大きくなり、私自身もすでに手に負えなくなってしまおうとしている。

ふとしたことで“それ”は顔を出し、私を混乱させる。

今の自分が本当の自分なのかさえ解らなくなってきている。
私は自分がどうありたいのかも解らない。
あまりにいろんなことを抑え込んでしまったので、それすら判断ができない。

蛇が、私の中で成長し、占領してもたぶん私は気に止めないだろう。
もしかしたら、それこそが自分なのかもしれないから。

今日もまた、あの人の言葉で“それ”を大きくしてしまった。

赤い舌を出して蛇が誘う。
「出してくれよ」と懇願する。
出せるものならとっくに出している。
出せないから苦しいのだ。

そしてまた“それ”は大きくなる。
これからもずっと。
死ぬまでずっと。


             by 蜩

もう、 と まだ、

東日本大震災から2年目の今日。

「もう、2年」なのか、「まだ、2年」なのか。

地元の方々にとっては、毎日を生きていくのに精いっぱいで、気が付いたら「もう、2年」なんでしょう。

でも、ガレキの処理や原発の後始末を見ると、「まだ、2年」なんだ。
と思う。

今日も朝から震災関連の映像が流れています。
亡くなった方の冥福を祈る人々の涙、祈り。
途方もない量のガレキの山々。
子どもたちの笑顔…

阪神淡路大震災の時の私たちも、なかなか進まない時計を必死に進めていった。
前に進むしかない現状。
振り向くと、悔しさと悲しさで押しつぶされそうになるから…
どんなに大きな困難も、ひとつずつ取り除いていくしかない。
そうしたら、いつかは真っ青な空に太陽がにっこり顔を出してくれる。
生きていて良かったと、心から思う時がくるんだ。

だから、それまで進むしかないんだ。
辛いけど、悲しいけど、たまにはひとやすみしながら歩いて行こう。
手を伸ばせば、誰かが握ってくれる。
声を出せば、誰かが返事をしてくれる。
そう、ひとりじゃないんだから、歩いていけるよね。
何にもできないけど、私もここから応援するよ。


うまく言えませんが、私なりの気持ちです。


                 by 蜩

書評 と 感想文

いつも思うことなんですが、
私って、本はよく読んでる方だとは思っているのです。
でも、読んだあとの感動や想いというのがいまひとつまとまらないのです。

一応、本の紹介はさせていただいているのですが、
たまたま、同じ本を読まれた方のレビューなど拝見した時、すごいショックを受けることがあります。
「同じもの読んで、どうしてそこまで深く、理解することができるのだろう?」と。
私は上っ面だけを読んでいたにすぎないと、反省することばかりです。

“本の感想など、人それぞれ感じることが違っていいではないか。”

そう思ってこれまでやってきましたが、あまりにも自分の文学に対しての知識が無いのに嫌気がさしてきました。

学生時代の読書感想文にしても、多くの生徒がそうであったように、ほとんどがあらすじで終わっていた状態。
読書感想文コンクールに選ばれた人の作品を読むと、この人は本当に私と同年代の学生なのか?と疑いたくなるほどの出来栄え。(選ばれたんだから素晴らしいのは当たり前かな?)
同じ本を読んでいた人の感想文を見てみると、「そうそう、私もそう思っていたんだ!今なら解るよ!」と、解っているのに言葉にできなかった悔しさがこみ上げてくるんです。

なのに、本を読むことは大好き。

いろんな方の書評を読んで、勉強させていただいてるつもりなんですが、もともと知識に乏しい私の脳みそは老体に鞭打つ状態です。

とまぁ、本の紹介の記事を書こうと思って、何度も消しては書きを繰り返してた時に、自分の無能さに腹が立ってきてこのような記事を書くに至りました。

ちょっと愚痴が言いたかったのかもしれませんね。
すみませんでした。(T_T)

これに懲りず、また本の紹介はして行きますのでよろしくお願いしますネ。


                        by 蜩

子育てと自分育て。

前回の記事で、『放蕩記』という本の紹介をさせていただきました。
しかし、感想を書こうとしたら、こみ上げてくるものがたくさんあり、少し落ち着いてからにしようと思いました。

この本を読み進めるうちに、主人公の夏帆と母親の美紀子のどちらともが自分とダブって見えてしまったのです。
この話は、作者の村山由佳さんの半自伝小説と言われていて、彼女が母親との関係を見つめ直すために書かれたと聞いています。
だから余計にリアルに感じるのです。

私自身、両親に厳しく育てられた記憶はありません。
それよりも、放任されていました。
上の姉が親に反抗するのを不思議な光景とした眺めていました。
反抗期もあったかどうか…

そんな私が主人公の夏帆に同調できたのは、結婚した後からなんです。
彼女の母親の立場であるのが、私の旦那。
18も歳が離れているので、結婚してから私は旦那の言うこと全てに従ってきました。
良い奥さんであろうと思い、何を言われても口答えせず、いやな顔もしないで家事をこなしてきました。
旦那は、女性(妻)が夜遅くに出歩くことを許しませんでした。
旦那の給料で、友達と出かけたり外食するのを嫌いました。
「女は男に逆らうものではない。黙って言うことを聞いていればいい」
それを信条にしていました。

最初の頃は、男らしい素敵な人だと思っていましたが、子どもができてママ友と付き合うようになってから、それがだんだん重荷になってきました。
子育ては一切任すと言って、自分はほとんど何もしてくれず、仕事が忙しいの一点張り。
それなのに、子どもになにかあったら全部私の責任にしました。
あの頃は、もう、育児ノイローゼでしたね。
何度も死にたいと思い、泣いてるわが子を茫然と見つめる時もありました。
でも、旦那が帰る頃にはきっちり夕飯の支度をするんです。
何もしていなかったら、叱られるのが怖かったからかもしれません。
旦那の前では弱音が吐けなかったんです。
そんなの言えば、「他の母親はみんなちゃんとしてるのに、なんでお前だけができんのや!」
と返されるのがわかっているから。

そんな状態で子育てしているものだから、なんとしても立派な子どもに育てなきゃと必死でした。
躾は結構厳しかったと思います。
友達が持っているものを欲しがっても、私がダメだといったら絶対与えませんでした。
お小遣いも少なかったと思います。
でも、足りないと言えなかったのか、こっそり私の財布からお金を取るようになった時はさすがにショックでした。
私の子育ての何がいけなかったのか?
随分悩みました。
もちろん旦那には言えませんでした。

いっぱいいっぱいだったんでしょうね。
旦那に対してきちんとしなくちゃいけないと思う気持ちと、子育てがうまくいかないもどかしさが重なって。

娘もあの頃はしんどかったと思います。
いつもイライラしている母親にビクビクしてたのでしょう。
叱るときは徹底的に痛めつけましたから、あの頃は。
説教2時間なんてザラでした。

旦那の支配力はハンパないです。
自分の言うことは正論で、同意しないと怒ります。
常に上から目線だし、女性に対しては男尊女卑を貫いてます。
それなのに、情にもろくて騙されやすい。

私の事をよく「お前は冷たい人間や」と言います。
表に感情を出さないからだと思いますが、もう気を使うのに疲れたからかもしれません。

私の場合結婚した相手が絶対的な人だったせいで、何事においてもまず旦那はどうなのかを優先してしまいます。
付き合いで飲みに誘われても、旦那が嫌がるのが目に見えているのでずっと断ってきました。
同窓会の案内がきても、行くなとは言いませんが、散々嫌味を言います。
休日に友達と出かけていても、帰る時間が気になってずっと時計を見てます。
だから、心から楽しんだ事が無いです。
いつも心のどこかで、「帰ったら機嫌悪いだろうな」といやな気持があるからでしょう。
あの人を怒らせたらどれだけ厄介だというのが、骨身にしみているから。

転機が来たのは、娘が初めの高校を辞めることになった時。
それまでは、世間に恥ずかしくないようにと育ててきたのに、学校に行けなくなって、旦那にどう言われるかで頭がいっぱいになってました。
でも、学校に行くのが辛くて、辛くて、苦しんでる娘を見てると、「私は何をしてきたんだ」と思いました。
娘の事じゃなく、旦那にどう思われるかばかり気にしてた自分がばからしくなってきました。
この子のために、今何をしてあげたら良いかが重要なのに。
その時、さーっと何かが引いて行くのを感じました。
私はどっちを向いて子育てしてきたんだと。
自分のことばっかり気にして来て、肝心の子どもにはちゃんと目が向いてなかったことに気付いたんですね。

それからは随分気持ちが楽になりましたね。
ちょうど仕事も始めてたし、自分の居場所が見つかった感じかな?
自分の稼いだお金で、気にせず買い物ができる解放感がたまりません。
娘も自分の歩く方向を模索しながら進んでいます。

だけど、旦那の呪縛はまだまだ解けそうにありません。
これはどちらかが死ぬまで無理かもしれません。

本の感想とか言って、随分寄り道をしてしまいました。
でも、この話の母親と旦那があまりに似ているので驚きました。
そして、私も一時、この母親のようになりかけていたんだと思うとゾッとします。
いや、私がそう思っているだけで、娘としては厄介な母親だと思っているのかもしれませんね。


                        by 蜩

この本を読んだ人は、自分のことを誰かに語りたくなるそうです。
それがすごくわかりました。
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