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精神的疲労 と 肉体的疲労

今日は自治会の作業で、マンションの北側にある雑木林の斜面を伐採整備しました。

私が住んでるところは、山を切り開いたニュータウンなので、開発してから数十年経っていてもあちこちに雑木林ができてしまうのです。
ニュータウンのコミュニティに、こんな荒れ放題の雑木林を整備する団体がおられて、年に一度自分たちの住んでる近くの雑木林を整備するのです。

私は、その整備の担当になっしまったので、団体方とマンションの自治会との連絡や調節を行っていました。
結構、大掛かりな作業なので準備などが大変。
駐車場の近くなので、伐採した樹木を搬出する場を作るため、契約者の方に移動をお願いに回ったり、移動先のショッピングセンターに駐車許可をもらったり、当日作業に必要なものを出したり、伐採した樹木を回収するまで置いておく所を確保したりと、毎日のように例の自治会長からメール&電話が入ってきます。
例の会長のことはこちら→困った、困った、こまどり姉妹。

変な話なんですが、会長は先にその団体の責任者の方と話しをしてるのに、あえて私からも聞くように言います。
自分で話をつけたなら、それで良いのでは?
先に先にと話を進めているのに、何かと私に聞いてくる。
そして私の意見を聞いてくる。
「だったら、私がします!」という言葉を待ってるように…
結局、向こうの良いように使われている感が拭えず、それでもやるしかないのでやってきましたがね。

私なんか、ほとんど言いなりで動いていただけなのに、この妙な疲労感はなんなの?

1日に数回入る、解読不明のメールを一生懸命解読し、理解できたと思ったらまた新しいことを言ってくる。
電話も要件3割、どうでもいいこと7割をずっと聞く羽目に。
「いそがしいのにごめんね」から始まるメールや電話に、また拒否反応が出だしたが、耐えるのみ。

そして、やっと今日がやってきました。
朝の8時半に集合して、準備し、団体の方と業者さんが来られたので作業が始まりました。
傾斜角40度ほどの急斜面から、チェーンソーで伐採した木を運び出してそれを小さく切り束ねて積み上げておく。
そんな作業を休憩を入れながら3時間かけておこないました。

やってる時はそうでもなかったんですが、終わってみると足や腕が痛いこと。
でも、スッキリした斜面を見ると、達成感があって気持ちよかったです。
切り出した大量の樹木は、明日、市の清掃車が取りに来てくれます。

片付けをして、みんなそれぞれ帰った後に、また会長からメールが。
「余ってたゴミ袋知らない?」と。
そこでちょっと私の中で「ブチッ」きました。
「なんでもかんでも私に聞くなよ!! 他にも自治会員いただろう!!そんなに全部私は把握できないわ~!!」
と、心の中で叫んでしまいました。
あくまでも、心の中で。
そして、そのメールは無視しました。
せめてもの、私の反抗です。

それからも数件メールが入っていましたが、無視。

後で見たら、ゴミ袋は結局団体の方が持って帰ったと。
自分で電話してるんです。
だったら初めから自分でやってよ!

変換ミスの、句読点なしの、段落無しの難解なメールが次々入っていて、もう、いい加減疲れました。

体を使って作業するのは嫌いではないですが、あの方とのかかわりは疲れます。

悪い人じゃないんですよ。
仕事もできる(?)し、人脈も広いし、リーダーシップを取るにはふさわしい方なんです。

だから困るんです。
単に私のワガママなんですから。
あと少しの我慢なので、耐えることにします。

明日はきっと筋肉痛だと思いますが、そんなの日が経てば消えていきます。
肉体的疲労はきついけど、爽快感があります。
精神的疲労は積もるばかりです。
ここ数日、胃がムカムカして食欲有りませんでした。
「それは、あなたのせいよ!」
と、面と向かって言えたらいいなぁ~
でも、きっと言えない気の小さい自分が嫌です。


                    by 蜩

また愚痴になってしまってすみません。(>_<)
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『人間 仮免中』 卯月妙子

「すごい衝撃。 なんなんだ、これは!」

そんな本です。

読むには、覚悟が要ります。

人間仮免中人間仮免中
(2012/05/18)
卯月 妙子

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夫の借金と自殺、自身の病気と自殺未遂、AV女優他様々な職業…
波乱に満ちた人生を送ってきた著者が36歳にして出会い恋をした、25歳年上のボビー。 男気あふれるボビーと、ケンカしながらも楽しい生活を送っていた。
そんなある日、大事件が起こる――。年の差、過去、統合失調症、顔面崩壊、失明…… すべてを乗り越え愛し合うふたりの日々をユーモラスに描いた、感動のコミックエッセイ! 
デビュー作『実録企画モノ』で大反響を巻き起こした “漫画界の最終兵器”卯月妙子の、10年ぶり、待望の最新刊! (イースト・プレスHPより)


漫画です。
でも、漫画にしておくのはもったいないくらい、中身の濃い作品。

人間、こんなに過酷な目に遭っても生きていけるんだなぁ。
と、しみじみ思う。
それはやっぱり、大切な人がいるからなんだ。
“愛の力”は、スゴイ!

精神的な病気を患った者とは、まったく関係ない人間なら、できればかかわりたくないのが心情ではないか。
著者は、総合失調症を患っており、その波のある症状をそのまま描きあげている。
これは現実なのかと思ってしまうほど、それは凄まじい。
理解されにくいのもわかる気がする。
見た目は変わらないのだから。

25歳年上のボビーと押しかけるように同居。
そのバイタリティもスゴイ!
ここで注意。ボビーは60過ぎの日本人のおっちゃんです。
でも、このボビーさんの男らしさには、著者じゃなくても惚れます。
だからこそ、2人の関係が続いていられるのでしょう。

そして、著者の家族もスゴイ!
正面から著者の病気と向い合ってる。
そのハンパない気力は、身内だからなのか。

歩道橋から飛びおりて、顔面粉砕骨折した著者が、またその闘病(?)生活を描いている。
片目は失明。
頭蓋骨をたくさんのワイヤーで固定する手術の過程を見るだけで気が遠くなる。
本人も、耐えられない痛みと闘っていた。

が、
それさえも、淡々と絵に描いている。
もう、こっちがおかしくなりそうだ。

退院してきた彼女をボビーは暖かく迎え入れる。
そしてプロポーズ。
彼の愛の深さに、感服する。

障害さえも笑い飛ばす著者のバイタリティ
素の自分を愛してくれるパートナーがいれば怖い物なんかないんだろう。
同情って言葉が、薄っぺらに聞こえる。

「生きてるって最高だ!!!」


                  by 蜩

『何者』 朝井リョウ

第148回 直木三十五賞 受賞おめでとうございます!

ただただ、お祝いを言いたかった。
本当に嬉しい。
デビューから、彼の作品はほとんど読んできて(『チア男子!!』だけ読んでない)、大ファンになってしまった。
娘とあまり変わらない年齢だという事もあってか、とても親近感が持てた。
もう、お母さん目線。


何者何者
(2012/11/30)
朝井 リョウ

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「あんた、本当は私のこと笑ってるんでしょ」

就活の情報交換をきっかけに集まった、拓人、光太郎、瑞月、理香、隆良。学生団体のリーダー、海外ボランティア、手作りの名刺……自分を生き抜くために必要なことは、何なのか。この世界を組み変える力は、どこから生まれ来るのか。影を宿しながら光に向いて進む、就活大学生の自意識をリアルにあぶりだす、書下ろし長編小説。(新潮社HPより)


「これまでとは違う。」
読み始めて数分後、そんな感じがした。
そしてどんどん読み進めるうちに、それは的中した。
「これはヤバいかもしれない…」
ただ、その気持ちを持続させながら最後まで突進した。
ノックアウトだ。
朝井リョウ、彼の小説を読んでこんな気持ちになったのは初めてだった。
最後の最後で、心を鷲掴みにされた。

これまでとは違う大きな点は、登場人物の一人だけが語る一人称になっている。
彼の作品は、登場人物それぞれの視点で話が進んでいくような、オムニバス形式を取ることが多かった。
だから今回は、語りである「二宮拓人」自身の姿が見えてこないような気がした。
後々、その違和感がこの話の核心だということに気付く。


大学生の二宮拓人光太郎とルームシェアをしている。
ちょうどその上の階には、光太郎の元カノ瑞月の友達理香が彼氏の隆良と一緒に住んでいる。
ひょんなきっかけで、一緒に就活情報を交換する関係になった5人は、表向きは互いに励まし合っているが、どこか相手の行動に敏感になっている。
みんなで騒いでいても、いつの間にかこの状況をツイッターに書きこんでる。
そこにいるのに、心は存在してない。

大学で一緒に演劇に打ち込んでいた、拓人とギンジ
就活のために劇団を辞めた拓人は、自分で新しい劇団を旗揚げしたギンジの事が気になり、彼のツイッターをこっそり見ている。だが、決して彼の舞台は見に行かない。

「就活に何の意味があるのかわからない」と、4人に自分の思想を語る隆良。
俺は就活しないよ。自分は就活とか就職とかそういうのに向いていないって分かったから。
いまは、いろんな人と出会って、たくさん本を読んでモノを見て。会社に入らなくても生きていけるようになるための準備期間、ってとこかな。


一番早く内定を取った瑞月。実は家庭の事情で、どうしても働かなくてはいけなかった。そんな彼女が隆良の考えの甘さに気持ちを爆発させる。
私たちはもう、たったひとり、自分だけで、自分の人生を見つめなきゃいけない。一緒に線路の先を見てくれる人はもう、いなくなったんだよ。

光太郎が、内定が決まったお祝いをしてもらった帰り、タクシーの中でポツリと言った
俺、今日会った同期と、今日行った会社で、ずっとずっと働くんだよな。
就活は終わったけど、俺、何にもなれた気がしねえ


SNSを使って、コミュニケーションを取る彼らに、本当の自分の姿は見せているのか。
140文字の中で、何がわかるというのか。
本音はもっと深い所にある。
それをさらけ出すと、もっと汚い自分が隠れているかもしれない。
ほんとうのことが、埋もれていく。手軽に、気軽に伝えられることが増えた分、ほんとうに伝えたいことを、伝えられなくなっていく。


就活生の悩みや本音のようなものが、ひょこひょこ顔を出す。
内定が決まった仲間を祝ってるその裏で、その会社の評判を調べて、それが悪ければ悪いほど、気持ちがスッとする。
一番の傍観者だった拓人が、最後に理香から詰め寄られる。
その言葉の弾丸が拓人の心臓を貫いていく。
「あんたは、誰かを観察して分析することで、自分じゃない何者かになったつもりになっているんだよ。そんなの何の意味もないのに」

わかる。
嫌っていうほどわかる。
自分の中の汚い部を、第三者の手で引きずり出される怖さが。
“イタイ”奴らを見下げて笑っている自分。
周りと違うことをしているという自負に酔っている自分。
そんな自分が嫌いなくせに、それを認めたくないから見栄を張る。
カッコ悪い自分を丸ごと好きになれる自分にならないと、この大きな亡霊はいつまでも私に取り憑いて、消えないままだ。

これは、朝井リョウさん本人の心の叫びなんだろうか。
ここまで書いてしまって良かったのか。
でも、不思議なくらい、読み終わった後は気持ちがスッキリした。
言いたい事を全部言いつくした後のように。


実は、私も今の就活状況についていけない人間だ。
何をそんなに必死になるのか。
何十もの会社にエントリーシートを出し、面接に臨むのか。
決して自分がやりたい仕事ではないかもしれないのに…
最近、黒猫ともこの話をよくする。
彼女も、周りが就活色に染まり出してきたので、このままでいいのかとちょっと焦った気持ちになる時があるようだ。
とにかく、情報は大事にしようと思ってる。

しかし、私はこの本を読んでもまだ漠然としている。
親がこんなで良いのか?


                    by 蜩

ここに出てくるギンジ、名前を「烏丸銀二」(からすま ぎんじ)という。
これって、マンガ『BLEACH』に出てくる「市丸ギン」(いちまる ぎん)と似てるなぁ~

映画 『レ・ミゼラブル』 

やっとのことで観てきました。
『レ・ミゼラブル』 詳しくはこちら 映画 『レ・ミゼラブル』

正月2日に黒猫と一緒に観に行こうとしてたのに、私が風邪をひいてしまい残念した映画です。


ミュージカルの映画化ということで、かなりの評判だったこともあったけど、私はこの話に昔出会ったことがあった。

小学校何年生だったか忘れたけど、田舎の小さな小学校に劇団がやってきた。
その時の演目が、『ああ無情』だった。
図書室にずらりと並べられていた世界名作全集の中にそのタイトルがあったことは知っていたが、それがどんな話なのかは知らなかった。
舞台劇も初めてで、ただただ見入ってしまった私は話の内容をはっきりと覚えていない。
唯一覚えているのは、「ジャン・バルジャン」という名前と「銀の燭台」の二つ。

あまりに有名なこの話は、その時読みもせずにいた私に課せられた宿題のように、記憶の端っこに宙ぶらりんのまま置き去りにされてた気がする。


映画の話しに戻ろう。

全編が歌ということで、字幕を追いながら話が理解できるか心配だったが、それが取り越し苦労だと言うことに早くも気が付いた。
なんと、セリフが歌ということが、こんなにわかりやすいものかと感じた。
歌は、最小限の歌詞で気持ちを全て表わさないといけないから、感情が凝縮されている。
しかも、「謳う」のだから、声がよく通る。
俳優さんの生の声だから、余計に心に沁み渡る。

ジャン・バルジャンの苦悩。
幾度となく訪れる、人生の選択の場面。
人間らしく生きるため、不幸な少女を助けるため、娘の幸せのため…
彼は自問し続ける「自分はいったい誰なのか?」と。

実は、彼は他人のためと言いながら、結局のところは自分のために逃げていたのではないか。
自分のせいで不幸になる人間がいることに我慢ならなかった。
矛盾しているようだが、彼はそれがわかっているから苦闘していたのではないか。

憎まれ役のジャベールだが、私は彼に目が離せなかった。
彼もまた、苦悩していた。
自分のしてきたことが本当に正しいのかと。
自問自答するシーンが印象的で、最後はまさかの展開で驚いた。
彼は一番強そうに見えて、一番デリケートな人間だったのではなかったか。

その他に印象に残っている人物が、コゼットを預かっていた宿屋の夫婦。
客が来る度、見事なまでに身ぐるみはがしていくシーンが面白かった。
全体的に暗いテーマの中に、彼らのコミカルなキャラクターは息抜きに感じた。
そして、彼らの娘(ポリエーヌだったかな?)が、また良かった。
あんな(?)両親なのに、一途で思いやりのある女性だった。

最後に流れる革命家たちの歌が、いつまでも頭の中でリピートしていた。
「陽が昇れば明日が来る 新しい未来がやってくる」
虐げられた者たちにも、生きる勇気さえ持っていれば、明るい未来はやってくるのだと。

大泣きまではいきませんでしたけれど、何度か決壊しそうになりました。

私はどうも性格がひねくれているんでしょうね。
この話のハッピーエンドは素直に喜べなかった。
さまざまな犠牲の上にある幸せなんだという事を、結婚した2人に説教したい気持ちだった。

ただ残念だったのが、この映画を観る前に、例の自治会長から数本メールが入っていて、気が滅入ってたこと。
エンドロールが始まったとたん、席を立つ人があまりに多くて余韻に浸る間がなかったこと。
あれ、なんとかなりませんでしょうかね?
まぁ、今回はそうなっても大丈夫なように、一番後ろの端っこの席を取ったんですが…
でも、人がまだ観てる前を横切られるのは、やっぱりイヤ!


                    by 蜩

ハーゲンダッツ の パンプキンプディング

期間限定品に弱い私。

特に、ハーゲンダッツには目が無い。

ちょっと前に買ってあったのを、こっそり一人で食べました。

ハーゲンダッツ パンプキンプディング2

かぼちゃの甘味が濃厚~
ほろにがシロップがいける~

ハーゲンダッツ パンプキンプディング

シロップ好きの私としては、もうちょっとあってもよかったのになぁ。

でも、久しぶりのヒット作ですね。(*^^)v

もう一つあるんだけど、黒猫用においておこうかな?
帰ってこなかったら、私が食べるよ~ん(^◇^)b


                             by 蜩

逃げ方を知らない若者 と 追い詰める大人

毎日のように取り上げられている、大阪の高校生の自殺でわかった教師の体罰問題。

その記事を新聞やテレビで見る度に、私はどちらにも同調できないもどかしさみたいなものを感じる。

確かに、命を絶ってまで告発したかった高校生の辛さや苦しさはわからないでもないが、自分が死ぬことで家族や周りの人間がどれほど悲しむのか考えなかったのか。
死ぬしか道はなかったのか?
なぜ、部を辞めなかったのか? 学校(又は顧問)に抗議しなかったのか?
学校を辞めようとしなかったのか?

こんなことを言ったら、「なに言ってるんだ!彼の将来はどうでもいいのか」と言われるかもしれない。
実際、親御さんは学校に抗議されてたようだが、学校側は体罰を認めなかった。
学校側を敵に回したら彼の立場が悪くなるような事も暗に言われたのではないか?と勘ぐってしまう。


この事件だけでなく、最近若者の自殺が増えている。
原因はいろいろあるかもしれないが、私が思ったのは、今の若者は「逃げ方を知らないのか?」ということ。
誰でも知ってることだけど、命は一つしかない、一度死ぬと二度と生き返らないと言う事をわかっているのかと思ってしまうくらい、簡単に命を絶ってしまう。
まさに、それしか方法が無いとでもいうように。

「もう、死ぬしか道は無い」「生き地獄ならいっそ死んだほうがまし」
そのような言葉をよく聞く。

それなら、なぜ逃げないのか?

学校から、部活から、クラスから、あるいは家庭から。
逃げるのは決して卑怯じゃない。命を絶つより、断然良いと思う。
「生きていたらなんとかなる」「命あっての物種」なんだから。

若者がすぐに死を選ぶのは、幼少時代ほとんど辛い想いをしていなからだと言われてもいる。
なにかあっても、すぐに親がその障害を除いてくれてきたので、自分が壁にぶつかっても、自ら解決することを学んでこなかったからか。
だから、逃げ方を知らないんだろうか。
全て受け止めて自滅してしまうのだろうか。


それでは、体罰をした大人たちはどうだろう。

私より上の年代の方々は、「自分の子どもの頃って体罰なんて当たり前だった」とよく言われる。
親も、厳しくしてもらってありがたいとまで言ってたぐらいだ。
社会に出ても、上司からは厳しくされた。
「人を指導するのには厳しさは当たり前」で育ってきた年代が今度は自分たちが若者を指導する立場になった。
「自分がされてきたようにすれば良いのだ」たぶん、そう思ってきたに違いない。

わからなければ、力ずくでも教えればいい。
これは、“愛のムチ”なんだから。

自分たちが若かった頃、殴った先生を恨んだことはなかったか?
嫌だと思ったことはなかったか?
その感情より、されたことばかりを記憶していたから当たり前になってしまったのだろうか。

中には、良い先生に出会い、自分の人生に大きな影響を与えて下さった方もいるだろう。
だから、自分もその先生のようにやってみよう、と思った方もいるかもしれない。

私の考えでは、体罰はいじめと同じで、受け取る側の感じ方で変わるのではないかと思う。
本人が体罰と感じればそれは体罰になるのではないか。

追い詰めると言うことは、逃げ場を塞ぐこと。
とことん追い詰めながらも、「まだいける」と思っているのか限度が無くなっている。
何がそこまでやらせるのか。
自分が受けてきた記憶か、根拠のない伝説か、教師という地位か。
今、自分が追い詰めているのは、逃げ方を知らない仔羊だと言うことに気付いていないのだろう。
捕まれば、獲って食われるだけと思っている。
死に物狂いで逃げ出すモノもいるだろうが、そこにうずくまることしかできないモノもいる。
それを見極めるのも教師ではないか。


このような事件が起こる度思うのは、「人が死なないと行政は動かないのか」ということ。
そんなに、犠牲者を出さないとわからないのか。
子どもに「命の大切さ」を教えろと言う割に、大の大人が命の尊さをわかっていない。
他人の命より大切なのは、自分の保身か、と言いたい。

若者よ、もうちょっと自分を大事にして欲しい。
自分を守れるのは、自分だけなんだから。
他人の目や、噂話し、ネットの書き込みなんて気にしない。
自分に自信を持って、強くなろう!

そう、おばさんは思ってるよ
がんばれ!(*^^)v


                   by 蜩

『雪と珊瑚と』 梨木香歩

雪と珊瑚と雪と珊瑚と
(2012/04/28)
梨木 香歩

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強くたくましく人生を切り開いていくシングルマザーのビルドゥングロマン!
珊瑚、21歳。生まれたばかりの赤ちゃん雪を抱え、途方に暮れていたところ、様々な人との出逢いや助けに支えられ、心にも体にもやさしい、惣菜カフェをオープンさせることになる……。(角川書店HPより)


『西の魔女が死んだ』で梨木香歩さんの小説を初めて読んだ。
あの衝撃的な感動。でも、心は優しい感情で満ち溢れた。
そんな想いを残してくれる作品に、もう一度出会うと思わなかった。

珊瑚は20歳の時に“できちゃった結婚”し、お腹の子の父親である泰司とは、その後わずか数ヶ月で離婚した。
21歳でを産み、シングルマザーとして生きていかなくてはならなくなった。
高校を中退した珊瑚にとって、資格と言えるものはなにもない。
子どもを預かってもらわないと働けないのに、どこの保育所も待機児童で余裕が無い。
途方に暮れている珊瑚の目に入った1枚の貼り紙。
「赤ちゃん、お預かりします。」
と丁寧に書かれたその情報量の少ない貼り紙には、いい加減さと鷹揚さが混在して、仄かな温かさを醸しているように感じられた。<中略>珊瑚の心にはその言葉が、まるで体に欠けていた栄養素のようにすうっと入ってきたのだった。

いくらかの不安はあったが、藁をもつかむ思いでその家の呼び鈴を押した。
そこの家人、くららは、そんな珊瑚の気持ちを察したのか、温かなまなざしで迎え入れてくれた。

人との出会いとは、本当に不思議なものだと思う。
“その人”との出会いが無ければ、人生そのものが大きく変わることもある。
珊瑚はまさにくららと出会って、世界が大きく変わったのだろう。

「普通の家庭」というものを知らずに育った珊瑚。
母子家庭で育ち、高校生の時に母親がいなくなり、学費が支払われなくなって学校をやめ、働きながらひとりで暮らしていかなければならなかった。
そんなときでも彼女は淡々と現実と向き合い、生きてきた。
でも、子どもを産んでからは違った。
この子を育てていかなくてはいけない責任感が彼女の背中に大きくのしかかってきた。
私は雪を産んで、人生が変わった、と珊瑚は自覚していた。自分の主義主張、生き方まで変えるほど、なりふり構わずに人と交わっていかなければ、子どもは育てられない。

「できるだけ他人の世話にはなりたくない」
自分の一見不幸な境遇に、同情を寄せる人は少なくない。
しかし、それに甘んじることをしたくないが、生きていくためには他人に助けを求めなくてはいけない。

くららやアルバイト先のパン屋の助けもあって、珊瑚は自分の店を持つ決心をする。
だんだん将来が明るい方へと向っていく。
そうなっても、先に進む決断は慎重に下さなくてはいけない。
珊瑚自身、将来を見据えて答えを出す時がきている。

この話の登場人物の中に、一人だけ珊瑚に反感を持つ女性が出てくる。
周りが珊瑚の事を気にかけているのが面白くないだけでなく、それに甘んじている珊瑚が気に入らないのだ。
店を繁盛させてからも、キツイ手紙を送ってくる。
彼女の存在は、この話のスパイスになっている。

現実はそんなにうまくいかないだろうと、皮肉半分で読み進めるうちに、珊瑚の行動や感情がとても愛おしくなってきた。
自分の不幸さを惨めとせず、他者からの意見を、一度しっかり噛み砕いて消化してから自分の中に仕舞い込む慎重さがある。
表紙の女性の顔、あれはまさに珊瑚のイメージそのもの。
静かに佇んでいるのに、内面ではチラチラと小さな炎が燃えているんだろう。

珊瑚が自分の店を持つための融資を申し込む時、保証人だけはお世話になっている人に頼りたくないから、行方不明の母親を探すことにした。
ようやく探し当てた母は、長年会ってないと言うのにぶっきらぼうな態度を取る。
「私、今度お店を出すの
お金を借りるのに、保証人がいるの。それに、なってほしいと、お願いに来たんです」
母は、そこで微かに頷き、
「保証人」
とつぶやいた。
「ええ」
珊瑚はきっぱりと言った。
「あんたの保証人ならできる」
珊瑚は黙って書類を差し出した。


この母親のセリフに、この人が娘にしてあげられなかった愛情が全て詰まっている気がした。


くららが自分の家で作った料理を珊瑚に食べさせるシーンがたくさんある。
修道院あがりという、ちょっと変わった経歴の持ち主だということも、『西の魔女が死んだ』のおばあさまと似ている。
こんな、何もかも丸ごと受け止めてくれる人がいるってことは、どんなに心強いことだろう。

疲れて帰ってきた人が、ほっとする料理を食べさせてあげたい。
自分がその立場になって、初めてわかる食の大切さ。
読んでいても、お腹がグルルと鳴りそうなほど優しい食事がたくさん出てくる。

読み終わって、とても心が温かくなる。
「ああ、いいなぁ~」
と、羨ましいと言うより、そこに参加したくなるそんな感じ。


                        by 蜩

この物語のキーワードは“貼り紙”

お餅つき と 豚汁

昨年末のこと。
マンションの自治会で『餅つき大会』を行うことに。

事の起こりは会長が「やりたかった」ってことかな?
実際はいろんな団体が絡んでいて、自治会主催ではないんですが、表向きはそういうふうに取られてしまった感じ。

とある団体から、“餅つきセット”一式を借りれることが決まり、そこから話が進んだといってもいい。
“餅つき”といっても準備がとても大変だと言う事をあまりわかっていなかった主催者たち。
それに加えて“豚汁”も振る舞うことに。

実際に運営に携わる人員数がどれだけいるか把握しないうちに話はどんどん進んで行く。
不安でいっぱいの私は、「この人数で大丈夫ですかね?」とやんわり意見していったつもりなんですが、「なんとかなるでしょ」のことばに何も言えなくなってしまってた。

雨天の場合の準備もそこそこなのに、週刊天気予報で雨マークを見る度、気分が暗くなってしまう。

豚汁の方はなんとかなるけど、餅つきは当日することが山のようにある。
湯を沸かす、もち米を蒸す、餅をつく、水取り(返し)、ついた餅を丸める、等々
借りてきたコンロの火力が思ったほど強くなく、なかなか蒸せない。
仕方ないので参加者個人宅にもって帰って蒸してもらうことに。

餅つきには、とにかくたくさんのお湯がいる。
各家からカセットコンロを集めて沸かしてもらう。

準備はなんとかできても、昨夜から降り続けた雨が心配。
朝にはほとんど降ってはいなかったけれど、天気予報では午前中まで雨が残るとのこと。
若干空が明るくなってきたので、外ですることに決めた。

自称“晴れ女”の私。
「大丈夫です!雨は降っても大したことはありません!このまま外でやりましょう!!」
と、大見得を張ってしまった。

いざ、餅つきが始まるとなんとかギャラリーもそこそこ集まってくれた。
お手伝いの方も集まっていただいた。
ただ、ほとんどが女性。
餅をつく男性が少ない。
しかも、水取りできる人がいない。
いや、経験者は私だけ?
少々、恐怖を感じながら始まってしまった。

もち米は全部で30kg
一回につく量がだいたい1500g
ということは、20臼つかないといけない計算になる。

餅つきを経験された方なら、この過酷さがおわかりでしょう。
私の実家では、昔から家で餅つきをしてました。
それでもだいたい10kgが限界です。
5臼ついたら、つき手も水取りもヘトヘトです。
それを20臼だって!?
つき手は数人いるからいいとしても、水取り私ひとりぃ~?

子どもが幼稚園の時に、餅つき大会があって、この時も私ひとりで9臼全部の水取りやりました。
見た目は簡単そうなんですが、つき手とのタイミングや、返し具合が結構難しいんです。
しかも、相当熱いんで。

文句言ってる間もなく始まりました。
つきたてのお餅を、きなこ餅・おろし餅(大根おろしに醤油を少々混ぜたモノ)・磯辺餅(甘醤油に海苔を巻いたモノ)にして振る舞いました。
大盛況でみるみる無くなっていきます。
豚汁も好評で、大きなお鍋3個に作ったのに、どんどん無くなっていきます。
中には、豚汁の中につきたてのお餅を入れて食べる人がいたり。
ちょっと早めのお雑煮気分。

外が寒いので、つき終わった臼はすぐに冷めてしまいます。
そのために、お湯を随時溜めておかなくてはいけません。
順々につけたら良いんですが、なかなか蒸し具合が統一できないので、間隔が空いたり、反対に二つ分が一度に蒸せたりと大変でした。
6臼くらいつき終わった頃に、ある男性が「水取り大変でしょうから代わります」と言って下さいました。
もう、助かった~と思いましたね。
でも、その方、慣れていらっしゃらないようでぎこちなかったです。
見かねて、やっぱり私がすることに。

ギャラリーもお腹がいっぱいになるとだんだん減っていき、ついには誰もいなくなりました。
それでもまだ数臼残っています。
そんな時に、お手伝いの方の中から水取りを買って出て下さいった方が!
しかもとてもお上手。
私より断然お上手。
それからは安心してその方と交代ですることに。

途中、何度か小雨が降った時があったのですが、私が「大丈夫!すぐ止みます!」とはっぱをかけたのですぐ止みました。
自分でもちょっと驚きましたがね。

全部終わったのがすっかりお昼も回った頃。
丸めたお餅は、マンションの住民に配ることになってます。
片付けも、ちゃっちゃとして、さっさと家に帰りました。
もう、右腕がいたぁ~い
これは数日経っても治りませんでした。

まぁ、事故もなく、食中毒もなく無事に終わったのが何よりでした。
たくさんの人に喜んでいただけたのが一番嬉しかった。


でも、もし今年もするつもりなら、もっと計画を練ってからにして欲しい。
計画性のない、行き当たりばったりはもうゴメンです。


                     by 蜩

お正月 と 風邪ひき

すでに正月も3日目となりましたが、

皆様、
明けましておめでとうございます
今年もよろしくお願いしますm(__)m



年末にひいてた風邪は、一時良くなり、年末の掃除やおせち作りに支障はありませんでした。

黒猫が29日の夜に帰ってきて、翌30日には一緒にお正月の買い物に付き合わせてました。
その時から黒猫は、ちょっと咳と鼻水が出てた気配があったのですが、用心しておとなしくさせてたから大事には至りませんでした。

しかし、31日の夜あたりから今度は私の喉が痛くなり、咳が出るようになってきました。
完全に黒猫に風邪をうつされたよう。
元日は私の実家に行き、旦那の妹さん宅へ行き泊まる予定。

大晦日はテレビで『ガキつか』を見ながら笑い転げ、黒猫とふたりでカウントダウンをし、(旦那は夕方から友達と飲みに行ってます)年越し蕎麦&うどん(黒猫は蕎麦アレルギー)を食べ、さっさと寝ることにしました。

翌朝、初日の出を見たいと言ってた黒猫を7時過ぎに起こし、ご来光を拝んでからまた寝た黒猫をほっておいて、私は洗濯とお雑煮の準備。

ちゃっちゃと食事を済ませて、いざ出発!

途中でイオンで買い物をし、実家で昼ご飯を食べて、夕方に旦那の妹さん宅へ。

その頃には、喉の具合があまり良くなかったのですが、お世話になる家で寝込むわけにもいかず、食事の手伝いをほどほどにしてました。
男連中はアルコールが入ったらうるさいのでほっておきます。
まぁ、ウチの旦那が一番うるさいんですがね。

寝る頃になると、咳が止まらなくなり、かなり辛い状態に。
朝になると、とうとう声が出なくなりました。(>_<)
たぶん、扁桃腺が腫れているんだろうなぁ~

旦那は、とっても居心地の良いこの妹さん宅に2泊するつもりだったらしく、朝になってそれを聞かされビックリ
とにかく私はすぐに帰りたかったので、黒猫と口裏を合わせて予定があることにして急遽帰ることにしました。
私がしんどくても、全然お構いなしの旦那なので、困ったもんです。

家に戻って、すぐ寝ることに。
お昼ご飯の用意もあったんですが、そんなことしてられないほど具合が悪かったので、無視して寝てました。

旦那は1人で、おせちをつまみに飲んでたよう。

黒猫がいたので、なんとか夕飯の準備もできました。
片付けもやってくれたので、ホント助かった~ヽ(^o^)丿

そして今日、咳はまだ出るし、喉も痛いんですがなんとか用事はできました。
明日から仕事なので、体調を整えておかないといけません。
今日は早く寝たいんだけど、どうなるか…

皆様も、風邪に気を付けて下さいね。


                     by 蜩
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