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『憧れの女の子』 朝比奈あすか

憧れの女の子憧れの女の子
(2013/02/20)
朝比奈 あすか

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「次は女の子を産むわ」。そう宣言して産み分けに躍起になる妻。そんな妻の決断に淡い違和感を抱く夫。新たに宿した子供の性別は…? 互いに心揺れる日々を経て、その果てに得たのは揺るぎない愛情と信頼だった(表題作)。男と女の日常に生じたさざ波を通して、人間の普遍的な愛しさやつよさを描きだした傑作短編集。 (双葉社HPより)

全5編からなる短編集。

『憧れの女の子』
絶対今度は女の子を産むと宣言した妻を、ちょっと引き気味に見守る夫が笑える。
なんでもテキパキこなす妻に頭が上がらないように見えるが、ちゃんと二人の男の子のお父さんもこなしている。
「あきらめようと思った。だけど、やっぱり無理。あきらめきれない。悟も徹もすんごく大事な子だけど、男の子って理解できないことあるし、しょせん大きくなったら恋人やお嫁さんに取られてしまう。(中略)女の子なら、人生のほとんどぜんぶを自然に分かち合える。・・・・・・」
このセリフは、男の子のお母さんからよく聞いた。女性ならやはり同性の子どもが欲しいものなのか。
話の最後は「えっ!?」と、いうような展開になってしまっているが、ステキな夫婦だと思う。

『ある男女をとりまく風景』
読んでいて、途中から「ええーー!!」と驚くことになる。
人間の先入観って怖いなと思った。
ここでは、“センギョウシュフ”について書かれている。
「男は一生働いて当然、養って当然。女は専業主婦になるのも仕事をつづけるのも好きに選べる。そういう意識が、男より女のほうにあるんじゃないの。もっと自由に、仕事か家事育児か、適したほうがやればいいと思わない?」
でも、これから増えるんだろうな、“専業主夫”

『弟の婚約者』
弟に甘い姉と息子に甘い母。
そんな弟が連れてきた彼女は“黒魔女”?
しかも台風がきているそんな日になぜ家に来たのか?
「自然現象に負けたくないだけです」 と、彼女。
いつの時代も母親って、息子の彼女には不満を言うもんなんだ。

『リボン』
昼下がりにふらっと入って読書できるような、ゆるいムードのカフェを開くことがタケルの夢だった。
タケルはゲイ。
女装はしないが、頭にはいつもリボンが付いている。
今ではこの店のトレードマークになっているが初対面の人にはやっぱり気を使う。
この性癖に、学生時代や社会人になってもやはり周りの目は厳しかったから、彼は常に周りの状況を感知し瞬時にに細かく計算してしまうようになった。
「だけど、かわいそうなことしたよね。今はいいけど、小さい頃のあんた、周りの子と何か違うって思いながら生きてきたんでしょう。だから空気読めるのよねぇ。人の気持ちにすっごく敏感。そうやって自分を守ってきたんでしょう」
唯一心を許せたユーリから言われた言葉が、タケルの心に沁みる。
人を救いたいなんて世にも恥ずかしいこと考えたものだ。けど、誰かに手をさしのべることが傲慢というのなら、人は人と、どう繋がっていけばいいのだろう。

『わたくしたちの境界は』
妻を亡くした父を慰労するために温泉旅館に来た息子家族。
どこかぎくしゃくするところはあるが、孫はじいじを慕ってくれている。
妻を想いながら、嫁と孫の姿にほほえましさを感じる。
自分はちゃんと妻を理解していたのか…
多少の後悔が彼の心を騒がす。


どこにでもありそうな、親子・夫婦・男女のちょっとした心の行き違いが描かれている。
先入観や世間の風潮にとらわれきた想いが、誰かの何気ない言葉で変わってしまうことがある。
それを認めるか否かで、この先の人生も変わっていくんじゃないかな?

展開が速いし、登場人物の感情の変化が面白いので、とっても読みやすい!


                 by 蜩
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『ロスト・ケア』 葉真中 顕

ロスト・ケアロスト・ケア
(2013/02/16)
葉真中 顕(はまなか・ あき)

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第16回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作

介護に追い詰められていく人々、
正義にしがみつく偽善者、
恨みも憎しみもない殺人、
正しい者は一人もいない。
人間の尊厳、真の善と悪を、今も生きるあなたに問う!(光文社HPより)



話は5人の登場人物の視点から書かれてある。
正義感の強い検事、大友秀樹
大友の同級生であり介護企業「フォレスト」の営業部長である、佐久間功一郎
「フォレスト」のケアセンターで働く介護師、斯波宗典
母の介護をする「フォレストケアセンター」の利用者である、羽田洋子
そして、43人もの人間を殺害した、被告の<彼>
それぞれの立場、それぞれの思惑が少しづつ繋がって、この大量殺人事件の全容が見えてくる。

大友が、押収したある資料の、しかも個人的な関心から偶然見つけ出した、静かなる大量殺人の影。
殺されたのは、重度の要介護と認定された老人ばかり。
しかし、亡くなった老人の家族は、心のどこかで「ほっと」していた。
被害者家族の羽田洋子もやっと救われた想いがした。

目的は何だったのか。
大友が<彼>にそう問い詰める。
「殺すことで彼らと彼らの家族を救いました。僕がやっていたことは介護です。喪失の介護、『ロスト・ケア』です。
検事さん、あなたたちがどんな判断を降ろそうとも、僕は正しいことをしました」

許されることではないが、確かにその死によって助かる家族がいる。
<彼>はただ、自分では手を下せない家族に代わって両者の想いを遂げただけだ。

介護を商売にしていたフォレストは、博愛精神からではなく高齢者が溜めこんだ貯金を引き出させるために創った会社だ。
営業部長をしていた佐久間はその営業理念に賛同していたからか、会社を辞めて振り込め詐欺で高齢者から金を巻上げていた。
「金はあるところから取ったほうがいい。年寄りどもから金をいただくのは、死んでた金を生き返らせることにもなる。腐りかけてるこの国の経済を救う手段でもあるんだ」

不正が発覚し、フォレストは連日マスコミに叩かれていた。
それを見ていた斯波は、
金儲けなんて言語道断?
金をもらわず、無欲無私で、他人の尻を拭ける人間がどれだけいると思っているのか?

理想を抱いていた真面目なヘルパーほど、現実の厳しさに打ちのめされる。
そういう現場を何度も見てきた彼は思う。
介護は対人サービスだ。
感情という本来コントロール不能なはずのものを無理矢理コントロールしなければならない感情労働としての側面が、介護には多分にある。


介護を巡って、食い物にする人間、裁く人間、重労働を課せられる人間、生活を狂わせられる人間が、それぞれの矛盾を吐き出す。

「僕が人殺しなら、あなただって人殺しですよ。検事さん、あなたの言う通り、人が人を殺すことに無条件で罪悪感を覚えるなら、それに蓋をしているのはあなたも一緒だ。
この世には罪悪感に蓋をしてでも人を殺すべきときがある


何が正しいのか?
誰が正しいのか?
誰も正しくない。
この世の中、本当の善意はどこにあるのか?
答えはきっと出ないだろう。


この話はフィクションなんだと解っているのに、ドキュメンタリーのような錯覚に陥る。
そして忘れていけないのが、ミステリーだということ。
後半で、思わず「ええっーーー!!」って叫ぶほどの急展開が待っているから。


                     by 蜩

カルピスオアシス と CMのラクダ

ずーーーーーっと気になっていたCMがあるんです。

カルピスの新商品、

カルピス オアシス

カルピスオアシスCM

カルピスオアシスHPはこちら うるおすみたす「カルピスオアシス」

そのバックに流れているのが、前川清さんの歌う『東京砂漠』
この歌、私好きなんです。
ずっと昔はカラオケの十八番だったりして…
しかも、このCM用に歌詞が変えてあるんです!

それより、なにより、このラクダさんがとっても気になる!

初めは顔のアップで、なんか動物らしき生き物がカルピスオアシスを飲んでいる。
そこにOLらしき女性が駆けて来る。
それにちょっとビックリしている生き物。
カメラを引いていくと、ビルの屋上らしき所のフェンスにもたれて、2本足で立っている生き物の背中には、なにやらコブのような突起がふたつ。

ラクダだ~!

なんか、思わず笑っちゃいました。
っていうか、「もっと早く気付けよ!」と自分に言いたかった。

あの哀愁漂う風貌と、バックに流れる『東京砂漠』がなんともマッチしていいなぁ~

彼(ラクダ)には経歴がちゃんとあって、
Mr.ラクダ
「コブの谷間はひとつでも、荷物も夢も、両方背負っていきたい」と大手総合商社の二こぶエンタープライズ(株)に入社後、植林事業を担当。世界を股にかけて飛び回ったり、歩き回ったりしている。
生まれつき忍耐力はあるほうだが、仕事柄ストレスや渇きを感じることもあり15時に休憩をとるなど、自分なりの方法でうまくコントロールしている。



で、早速購入して飲んでみました。

カルピスオアシス

口当たりはいいですね。
初めはカルピス独特の乳酸菌飲料の味がします。
ほのかな甘さで、後味スッキリ。

乳酸菌+海洋ミネラル+アロエエキス3つの恵が入って、しかもカロリーゼロ。
これからの季節にいいですね~

ちなみに、この商品を 止渇系乳性飲料 というのですね。


                    by 蜩

チロルチョコ通信 カフェチロル

この前の母の日に、黒猫がプレゼントと一緒にくれたのがこれ。

カフェチロル3

カフェチロル~!

カフェチロル2

コーヒーゼリー と レモンティー
断面ショーは手抜きですみません。(>_<)

カフェチロル

コーヒーゼリー
ちょっと苦めのコーヒーチョコの上に、ミルクが乗っかっています。
中に、コーヒーゼリーが入っててプルっとした食感がイイですね。

レモンティー
下に紅茶のチョコ、上にレモンチョコ、いっしょに食べると、ちょっと苦めのレモンティーになる。
中には、ビスケット(かな?)が入ってて、サクッとした食感が楽しめます。

ふたつとも、違った食感が楽しめるのと、ちょっと苦めなのが、ちょっとオトナな感じがします。


最近、チロ通の更新が少なくなってます。
反省しなければいけません。
いくつか食べているのですが、どうも記事にするまでに時間がかかってしまって、すでに発売中止になったり…(-_-;)

まぁ、ぼちぼちやっていきますので、お楽しみに~(^◇^)b


                  by 蜩

母の日 と 母の命日

この前の日曜日は、“母の日”でした。
そして、私にとってもう一つ忘れられない日、“母の命日”なのです。

亡くなった日も母の日。
巡り巡って、今年も命日である12日の母の日に十三回忌の法要を執り行うこととなりました。

お寺さんが帰られた後、父と姉と私の家族と五人で食事をしていた時に、母の思い出話をしました。
私にとって、最後まで頭の上がらなかった人。
ああいう母になりたいと思い、がんばってきたけれど、どこまで追いつけたか未だにわからない。
たぶん、一生無理だろうな。


今回の法事の為に、黒猫が土曜日から帰ってきてました。
まぁ、“母の日”もあったのでね。

プレゼントはすぐに渡したい! 
という性格の黒猫は、帰ってきてすぐに私に母の日のプレゼントをくれました。

母の日 プレゼント H25

これは、メガネのチェーン。
ちょっとゴージャスなのですが、太いので切れにくいよ!と。
事前にデザインや色を指定してたので、出来上がりが待ち遠しくて…

母の日 プレゼント H25 2

そして、もう一つがLUPICIAの紅茶セット。
パッケージの絵が選べたらしく、黒猫が選んだのは、やっぱり黒猫。
中身は、カシスブルーベリーのフレーバーティ。
横の2つはメレンゲ菓子。

そして、一番感激したのが同封されていた手紙。

母の日 手紙

もう、号泣です。(T_T)
ああ、これで自分のやってきたことが間違ってなかったんだなぁって。
ホント、この言葉で救われました。
黒猫のお母親で良かったなぁ~
と、しみじみ思いました。(完全に親バカです)

早速、メガネチェーンは職場で使っていますが、紅茶の方はなかなか開けられない。
何か、もったいない気がして…
でも、メレンゲ菓子の方は賞味期限があまりないのでいただくことに。

でも、嬉しいものですね。
自分が小さい頃は、自分が母の日にプレゼントをもらえるなんて思ってもみなかったのに。
時の流れなんでしょうね。


                  by 蜩

『チェロの木』 いせひでこ

大好きな絵本作家、いせひでこさんの新刊です。

チェロの木チェロの木
(2013/03/06)
いせ ひでこ

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森の木を育てていた祖父、楽器職人の父、そして音楽にめざめる少年。
おおきな季節のめぐりの中でつらなっていくいのちの詩。(偕成社HPより)


小さいわたしは、おじいさんについて森を歩くのが好きだった。
森の木を育てる仕事とをしていたおじいさん。
そして、とうさんはチェロやバイオリンをつくる仕事をしていた。
工房には、いろんな種類の木の板があった。
それはきっと、おじいさんが育てた木なんだろうな。

またひとつ、新しいチェロができあがり、演奏家のもとに手渡される。
チェリストのパブロさんの演奏を聴いたわたしと両親。
チェロもパブロさんも、曲といっしょにどんどん自由になっていくようだった。
わたしはまばたきをわすれ、とうさんはじっと目をとじていた。


演奏会の感動を心に残したまま、わたしは森の中で季節の移り変わりを体で感じていたのだった。
森が木をはぐくみ、木が動物たちをはぐくむ。
木が楽器になって、聴く人の心を感動させる。

とうさんはわたしに子ども用のチェロを作ってくれた。
はじめて音をだした日のことを、わたしはわすれられない。
とうさんのうでの中で、わたしは自分がチェロになったような気がしていた。
音のひと粒ひと粒が、チェロから生まれでてくる不思議さに、夢中になっていった。



チェロやバイオリンは木からできている。
その材料である木材は、数十年もかけて乾燥させなくてはいけない。
職人さんが、1台1台丁寧に作り上げていくからこそ、その音色に魅了されるのでしょう。
ひときわチェロの音は、心に沁み入るようだ。

読んで、絵を見て、それだけでも、チェロの魅力は感じられる。
大地が作り上げた芸術品なんだなと…

 
                  by 蜩

『草原の椅子』 宮本 輝

あれだけ泣いた映画の原作を、絶対読んでみたいと思い、この連休で読破した。

草原の椅子〈上〉草原の椅子〈上〉
(1999/05/01)
宮本 輝

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行き詰まった五十男二人の企てる人生の起死回生。魂の鮮烈な再生を描く感動の雄編。

離婚して娘と暮らす遠間憲太郎は、陶器店を経営する篠原貴志子に少年のような恋をした。女は狼だという富樫重蔵とは、ともに五十歳で親友の契りを結んでいる。ある日、憲太郎は、母親から虐待を受け、心身共に未発達の幼児、圭輔を預かることになった。憲太郎と富樫は、萎縮した圭輔の心に生きる強さを懸命に吹き込むが……。人生の困難、生の荘厳を描く、心震える感動の雄編前編。(新潮社HPより)


草原の椅子〈下〉草原の椅子〈下〉
(1999/05/01)
宮本 輝

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死の砂漠タクラマカン、最後の桃源郷フンザ。大自然の荘厳な浄化。生の歓喜を描く雄渾壮大な傑作。

憲太郎と重蔵はともに自らの人生に穴のような欠落を感じていた。二人は自らの人生を問い直し、これからの生き方を模索すべく、「生きて帰らざる海」を意味するタクラマカン砂漠と「世界最後の桃源郷」といわれるフンザへの旅を企図した。そこに、貴志子と圭輔も加わり、四人の大いなる再生の旅が始まった──。大自然を背景に、魂の歓びに満ちた生を描く、希望と再生の大作完結編。(新潮社HPより)


宮本輝さんの作品はこれで3作目。
前回読んだ短編とは異なり、上下巻の長編である。
読めるか不安になってたが、読みだしてみてその思いはどこかに消えた。
とても読みやすく、話しに入っていきやすい。
同僚のKさんが「宮本輝の長編なら大丈夫!一気に読めるから」と言った意味がわかった気がする。

映画と比べて若干の話しの違いはあるが、これだけの長編を約2時間にまとめるのだから仕方ない。
映画を観たおかげで、人物像が捉えやすくて助かったこともあったけど、読めば読むほど映画の配役がとても合っていたことに驚く。
特に西村雅彦さんの富樫役は最高だった。


作者は、日本の国に対して常に怒っている。そして、憂いている。
こままじゃ、日本という国は堕落してしまうと…
私利私欲にまみれた政治家や財界の大物ばかりが得をして、真面目に生きている者たちばかりが損をする。

 この国のありとあらゆる事柄に腹が立ち、偽善者や役人たちだけでなく、電車のなかで隣り合わせた行きずりの人や、どこかの居酒屋で近くに坐った客や、道ですれ違っただけの若者たち、はては公園で遊んでいる幼児たちにさえ、憎しみの目を向けてしまう自分に、自分であきれたことが幾度もあった。
 日本という国、日本人という民族そのものに、矜持とか品格とか品性とかが喪われてしまったことに落胆と虚しさを感じつづけていたのかもしれない。(あとがきより)


阪神淡路大震災のあと、シルクロードへの過酷な旅をした。
そこで彼は何を見つけたのか?

 長い旅のあいだ、しょっちゅう考えたのは「おとな」とはどのような人間のことを指すのかという問題だった。私は「日本」に「おとな」がいなくなったことを痛切に感じたのだった。
 「おとな」とは、幾多の経験を積み、人を許すことができ、言ってはならないことは決して口にせず、人間のふるまいを知悉していて、品性とユーモアと忍耐力を持つ偉大な楽天家でもある。(あとがきより)


そして作者は、自分こそその「おとな」ではないという結論に達したと言っている。
そして、「おとな」である人物を描くためにこの話を書きあげたと。

この話に出てくる遠間憲太郎と富樫重蔵こそが「おとな」な人間だと思う。
自分の仕事でもそうだが、それ以外のところでも決して人を見捨てない。
圭輔のことでもそうだ、彼らには責任などひとかけらもないのに、精いっぱいの愛情で守っている。

「人情のかけらもないものは、どんなに理屈が通ってても正義やおまへん」
富樫がよく使ってた言葉。
中卒から苦労して自分の会社を創り上げた彼の“芯”になってる言葉だった。

「物がいっぱい詰まってる容器には、もうどんなことをしても、それ以上は入れへん。いっぺん中身を出さなあかん。そうしたら、やっと新しい物が入れられる…。人間も同じやで。自分をからっぽにする。自分だけの価値観とか、長い年月のあいだにつちかわれた習慣や視野や固定観念を、いっぺん自分の中から出して、自分を新しい容器にする。そのための旅っちゅうのも、あってええんやないか?」
仕事や生きていく上での心の穴を感じた二人が、臨もうとしているタクマラカン砂漠とフンザへの旅の決意をしたときの言葉。

そして、過酷な旅の途中で遠間がふっと感じたこと。
「俺のいるところは、どこであろうと緑深い草原だ。
そしてそこにはつねに俺の椅子がある。誰もその椅子を取り上げることはできない。
俺はその椅子に坐って、心を静かにさせて、あらゆる災いと闘って解決する。
俺は何かに護られている。そうでなくしてどうして、五十歳になるまで生きてこられるというのか…」

ここまで気持ちの持っていきかたを変えられたら、どんなに素敵だろう。


全体的に、あまり起伏のないなだらかな話の進行だが、いつの間にか心は持っていかれてしまっている。
所々にそれぞれ小さな山はあるのだけど、誰かが殺されるとか死ぬとか生臭い話がない分、刺激に乏しいかと言えばそれは違う。
じわじわと湧き上がってくる感動が、いろんな場面にある。
人間の優しさって、こういうものなんだなぁと。

あと、映画と違って舞台が関西で、しかも私の住んでいる阪神間の地名がたくさん出てくるのが嬉しかった。
頭の中で路線図を想像しながら読むことができたから。


                  by 蜩

30000カウント超え ありがとうございます! m(__)m

昨夜、寝る前に見た時はあと7カウントだったので、そろそろかな?と思い、今見たら

30000カウント超えてました!! 

これもすべて、訪問して下さった皆様のおかげです

ありがとうございます!ヽ(^o^)丿

2007年の8月に始めて、今年で7年目に入ります。
最初は黒猫と一緒にやっていたのですが、彼女も自分のブログを持ちたいと離れていきました。
あれから、方向性がはっきりしないまま、まさに“のほほ~ん”と書いてきました。

愚痴ったり、しょうもないこと書いたり、自分の好きな本や食べ物を紹介したりと、ホント好き勝手に書いてきました。
それでも、訪問して下さった方、コメントを書いて下さった方のありがたさに感謝しながらここまでやって来れました。
これからも、こんな自分勝手なブログですけれど、よろしくお願いします。
m(__)m


                 by 蜩

カルディコーヒーファーム と 杏仁豆腐

GW前半に黒猫が帰ってきていた。

4月27日(土)に私の友人と3人で京都に出掛けるためだった。

他にも予定があったらしいけど、急遽大阪の梅田までお買い物にでかけることになりました。

例の、“グランフロント大阪”には目もくれず、
というか、人だらけで行く気も失せました。
まぁ、外から「でっかいなぁ~」と、見てただけですが。

私たちが主にいたのは、グランフロントとは阪急電車の線路を挟んで反対側の茶屋町。
全体に若者向けの店が多く、新しい店舗もできてたので、いろいろ回って、ご飯食べて、ウロウロしてました。

そこで見つけたのが、「カルディコーヒーファーム」で売っていたこれ!

杏仁豆腐

ぷるぷる とろりん なめらか あんにん

杏仁豆腐


何をかくそう、私は杏仁豆腐が大好きなのです。
しかも、パッケージのパンダくんにも一目ぼれした私。

これまでもいろんな杏仁豆腐を食べてきたけど、この杏仁豆腐は桁違いだった。
まず大きさがでっかい。
537g(紙パックの容量は500ml)で、普通の約2.5倍もある。
そして、この容器のまま冷蔵庫で冷やしてもOK!

帰ってからすぐに冷蔵庫に入れて、夕飯のデザートにしたけど黒猫とふたりでも半分も食べられなかった。

杏仁豆腐2

とっても濃厚で、ぷるぷるトロトロ!

カルディコーヒーファームへはよく買い物に行きます。
店舗があちこちにあるので、見つけたら必ず入っていろんな商品を物色します。
コーヒーがメインなんですが、海外の珍しい食材を見つけるのも楽しいんです。
そして、ここのペーパーバッグのイラストが好き。

詳しくはこちら→ カルディコーヒーファーム

ネットでも買えるけど、やっぱりお店に行きたいよね。


                   by 蜩

映画 『草原の椅子』 

ちょっとご無沙汰をしていたと思ったら、もう5月なんですね。

今月の1日(映画の日)はお休みだったので映画を観にいってきました。
近所の映画館で、公開されたのは随分前なのですが気になっていた『草原の椅子』を。

草原の椅子 2

血のつながらない子供を愛したとき、

もう一度生き抜くと決めた

男二人と女一人。
 

「自分の人生は、これでよかったのかな」
「もしかすると、別の生き方があったのかな」
ふと立ち止まり、迷い、ためらい、そして少し後悔する
そんな時がある。


映画 『草原の椅子』 はこちらをぞうぞ  映画 『草原の椅子』 公式サイト


もう、ほとんど泣いてましたね。
なんでだろう?って思うくらい。
それも、どおってことのない場面で。
ドッと溢れるのではなく、ツーと伝い落ちるような、でも後から後から流れ出てくる…
例えていうなら、よしながふみさんのマンガに出てくるような涙。

ハンカチで拭いながらも最後までしっかり観ました。

冒頭で、50歳になった主人公の遠間が中間管理職の辛さを語るシーンがあった。
同じ50歳で、取引先の社長、富樫の窮地を救った遠間は、彼から親友になることを懇願される。
一見、正反対のような二人がだんだん本物の親友になっていくさまが面白い。
そこに、遠間が街で偶然目かけた美しい女性、貴志子が絡んでくる。

「共感と憧れ」
涙の原因はここかもしれない。

遠間の娘が預かることになった圭輔は、母親から虐待を受けていたせいで心を閉ざしている。
初めはぎこちなかった遠間の態度も、次第に柔和になっていく。
圭輔も、だんだん心を開いていき、富樫や貴志子にもなついていく。
しかし、現実は厳しかった。


原作者の宮本輝さんは、この作品の映画化は無理だとおっしゃっていた。
この話の要であるパキスタン、フンザの撮影が難しいからだと。
でも、今回10余年かけて撮影に成功し、こうして素晴らしい映画として出来上がった。

小説『草原の椅子』は、作家の宮本輝が阪神淡路大震災で被災し、もしかしたら自分も死んでいたかもしれないとの思いから、シルクロード6700キロを旅した体験を元に書かれた喪失と再生の物語。
50歳で親友になった男二人と、つらい過去を胸に秘め陶芸店を営む女性、そして育児放棄で心を閉ざした4歳の少年が運命に導かれるように出会い、地球最後の桃源郷といわれるパキスタンのフンザへの旅に出かける。
いくつになっても運命の転換があり、人は人生の答えを求める。
それを受け止めたときに、自分だけの「草原の椅子」が現れる。(パンフレットより)


草原の椅子3

パンフレットの裏表紙の写真がこれでした。
これを見るだけで、今でもこみ上げてきます。

フンザの砂漠を走っていく圭輔の後姿を「蝶が飛んでいるようだ」と言った遠間。
一緒に掛け出した、貴志子と富樫。
それぞれが、新しい人生を歩み出そうとしていた。


私も50歳を目の前にして、
「このままでいいのか?」
という疑問に日々悩んでいます。
現実を考えれば、できないことの方が多いのもわかっているけど、このままで終わる人生だけは絶対嫌だと思っています。

過去を振り切る勇気。
未来を恐れない勇気。
もう一歩先に進む勇気。

今の私のはこの勇気がない。
だから愚痴ばっかり言ってるんでしょう。

この映画を観て、辛い立場にいる3人がお互いを励まし合ったり、愚痴を言い合ったり、慰め合ったりしているのがとても羨ましかった。
本当に辛い時は、自然と人に優しくなるんだなって…


あと、
この映画の中に出てくるフンザの写真集がとっても素敵でした。
そして、本物のフンザも。
何もかも忘れてしまえるような大自然に圧倒されます。
行ってみたいけど…
無理かな?

佐藤浩市さんのふとした表情が、お父様の三國連太郎さんにそっくりでした。


                 by 蜩
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