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映画 『杉原千畝』 と 『ボレロ』

今年も残すところあと2日。 
最近めっきり更新が途絶えがちになってしまいました。
記事にしようと溜めていたモノがあったのですが、時期が過ぎて使えなくなってしまうという繰り返しでした。

一番最近の出来事で今年の最後を締めようと思います。

映画を2本、観てきました。
偶然にも、どちらの時代背景も第二次世界大戦に入ろうとしている時期から戦後に至るまで。

 『杉原千畝 SUGIHARA CHIUNE』 
杉原千畝
黒猫が小学生の時、『まんが伝記シリーズ』を読んで初めて知り、深く感銘を受けた人物が“杉原千畝”さんでした。
ちょうどその頃、私もテレビ番組でこの方の事を知って、日本にもこのような奇特な方がいらっしゃったことに関心していました。
確か去年、反町隆史さん主演でテレビドラマになってたような気がします。
「日本のシンドラー」と言われ、6000人ものユダヤ人に日本通過のヴィザを発給し、彼らの命を救った人物。
当時の政府の意向に背いたため、長い間その存在さえ明らかにされていませんでした。

確かに彼の行いは素晴らしいですが、もう一人重要な人物がいらっしゃいます。
それが在ウラジオストク総領事代理であった根井三郎さん。
杉原の発給したヴィザを持っていても、ソ連から日本に渡ることができなければその価値はなくなる。
そのウラジオストクで杉原と同じ決断をしたのがこの方でした。
偶然にもこの二人は同じ学校の同窓生で、その教えにしたがったまでのこと。
その教えとは…
「人のお世話にならぬよう、人のお世話をするよう、そして報いを求めぬよう」
この二人がいたからこそ、6000人ものユダヤ人の命が救われたのだと思います。
この根井さんを演じられた二階堂智さん、実物の杉原千畝さんによく似ていらっしゃるのです。
私の気のせいかな?


そしてもう1本。
 『愛と哀しみのボレロ』 デジタルリマスター版
愛と哀しみのボレロ
もう、これは観たくて観たくて心待ちにしていた映画です。
リバイバルものですが、前に観た時は意味もわからず時間の経つのが煩わしかったくらいにしか覚えていないのです。
何せ3時間ですから。
それがあるバレエ漫画を読んでから、ジョルジュ・ドンのボレロが観たくてしょうがなくなったのです。
改めて観ると、そのスケールの大きさ、話の展開に引き込まれ、あっという間の3時間でした。

半世紀の時を超え、運命の糸に結ばれた四家族の物語。
ベルリン・モスクワ・パリ・ニューヨークを舞台に、ルドルフ・ヌレエフ(バレエダンサー)・エディット・ピアフ(歌手)・カラヤン(指揮者)・グレン・ミラー(音楽家)といった芸術家をモデルにつくられた超大作。第二次世界大戦をはさみ数々の困難をくぐり抜けてきた音楽家たちのドラマチックな人生模様が見る人の心を揺さぶる。(オフィシャルサイトより引用)


まったく別々の家族が、最後に一堂に会する場面が圧巻。
戦争によって、自分たちの芸術が違う使われ方になったり挫折しなければならなくなったりと自分の思惑とはちがう方向になっていく苛立ちや絶望感が観ていて苦しかった。
中でもバンドマンのユダヤ人夫婦が、ナチスによって収容所に連れて行かれる汽車の中で赤ん坊の我が子を線路に置き去りにするシーン、そして、戦争が終わりその子を探しまわる母親の姿が辛かった。

ジョルジュ・ドンのボレロを観たいだけだったのが、いつの間にか話の中に引き込まれてしまい、最後のシーンでは鳥肌がでるほど感動してしまってました。
出演者が、親子で同じ人が演じていることもあって、途中あれ?って思ったことと、主要人物が大勢いるので顔が覚えられなかったのが心残りです。
だからDVDが欲しい~!


最後になりましたが、
今年も、私のこの拙いブログに訪問してくださり、コメントなどもいただき、ありがとうございました。m(__)m
来年もたぶん変わらず、のほほ~んとやっていきたいと思いますのでよろしくお願いいたします。


                                 by 蜩
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餅つき大会 と わんこ

今年もあとわずかとなってしまいました。
慌ただしい毎日を過ごしております。

先週の土曜日に、住んでいるマンションで「餅つき大会」なるものが催されました。
3年前から始まったのですが、毎年参加をしております。
もち、スタッフで。

ついたり、こねたりは引退して、去年からはもっぱら豚汁係と丸め係に徹しております。
今年はついでに大福なんかも作ったりして…

つきたてのお餅をきなこや大根おろし・あんこ・醤油海苔などで食べます。
残りは丸めて持って帰ってもらいます。
つきたてのお餅はやっぱり違いますね~

豚汁や甘酒もあるのでつきあがるまでそれを食べて待っててもらいます。
中には豚汁の中にお餅を入れて食べる人も。
これがなかなか美味しいのです!
近所の子どもたちや、住人の方に喜んでもらえました。

終わった後の片づけが大変でしたが、それは主催者の方々におまかせして、とりあえず帰るとバタンキューでした。

その「餅つき」の写真を載せようと思ったのですが、なにせ衛生上、あちこち触れないので1枚も撮れなかったのです。

ただ、つき手で参加して下さった方が連れてこられたわんこが、最後までおとなしく待っていたのが印象的だったので写メりました。

わんこ

すべて終わってからなぜなぜしてあげると、すり寄ってくれたかわいいわんこでした。
ホント、おとなしい子でした。


                                               by 蜩

『男性は知らない…』 そうなんだ。

先日、同僚のKさんから
「これ読んで、なるほどそうだったんだ、と思った」
と、言われたネットの記事を見せてもらいました。


『男性は知らない。すべての女性がやっていることを。』   ( 記事の全文が見れます)
女性が日常的に受けている性差別について、いちいち口に出さないのは、それが当たり前になっているから。
男性にとっても、女性に対する特別視は当たり前の感覚なんだろう。
だから、セクハラを平気でしてしまう。(っていうか、セクハラだと思っていないんだろう)
「なんでこれくらいで騒ぐんだ?」と思ってしまう。

嫌な気持ちになっても笑って済ませます。なぜなら他に選択肢はないと思えたから。

こういう感覚を男性は知らないんじゃないのか?
と筆者は気が付いたのです。
だったら、教えたい。
普段は笑ってごまかしているけれど、本当はとても嫌な気分だと。
「たかがそれくらい」が、実はとても真剣な事だということ。

男性の中にも、仕事の現場でこのような気持ちになったことがあるかもしれません。
性を上下関係に変えてみるとわかりやすいと思います。
でも、仕事は辞めたり転職したりすれば変わりますが、女性が女性でなくなることはできません。
それほど深刻なことだと気付いて欲しい。



この記事を読んで、私は思わずこみあげてくるものがあり、涙ぐんでしまいました。

そうなのよね。
とてもわかる。
経験もある。

タイトルの『…すべての女性が…』ってところはちょっと違うような気がするのは、彼女が欧米人だからということもあってのこと。
日本ではこれほど表面的ではないと思うけれど、内面的には同じような気がします。
ちなみに、黒猫に読ませてみると反応は私と違った。
たぶん、彼女はまだ社会の波にもまれていないからかもしれない。

私自身、これまでいろんなところで性差別を受けてきました。
でも、彼女のように自然にかわして、時にはそれを利用して乗り越えてきた。
それも当たり前の事だと思っていたから…

「女だからこうなった」んじゃなくて、人間として同等に見てほしかっただけなのかもしれない。
性は二つしかないのだから、お互いを尊重し合ってこその世の中だと思う。


Kさんは、
「こんなふうに言ってくれたら助かるのになぁ」と、こぼしていました。
彼の奥様は幸せ者だな… と。


                                        by 蜩
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