スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

3月11日。

忘れられない出来事とは、忘れられないようにできているのかと思う。

3,11  1,17  9,11 …

1がふたつ付く日。
たまたまかもしれないけど、この3つだけかもしれないけど、偶然にしておけない感じがする。

3月11日は、義理の姉の命日でもある。
ちょうど東日本大震災の前の年、長い入院の間、身内の揉め事でろくに見舞いに行けなかった旦那をはじめとした兄妹達。
心残りだらけで向かった葬式でも冷たくあしらわれ、一般客と同じ席で見送った悔しさは忘れられない。

2月11日は、私の母の誕生日。
建国記念の日だけど、「昔は紀元節と言ってね、学校で記念式典みたいなのがあったんよ」と教えてくれた母。
これはちょっと違うけど、私にとっては大事な日。

1月17日で辛い思いをした私たちが、3月11日で辛い思いをしている人たちに何ができるかわからないけど、唯一わかるのはその苦しさ、悲しさ、悔しさ。
度合いは違っても、経験した者でないとわからない心境がある。

今朝、テレビで誰かが言ってた。
復興を手助けするなら、現地へ観光に行き温泉にでも入って大いに楽しんで美味しい物をたくさん食べて、お土産もたくさん買って帰り、他の人によかったよとふれまわることだ、と。


                                    by 蜩
スポンサーサイト

コメント

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

2017/03/12 (Sun) 08:30 | # | | 編集
No title

ま~だ良いんじゃない?、私なんか亡くなった自分の息子の火葬にすら出られなく、出席自体身内から止められましたから。

「親より先に死ぬ子どもの火葬には(本当は葬儀にも)親が立ち会うことはダメ!」

っという仕来りで。


生存中、自分の息子なのに血液型が違うため、嫌なヤツにまで頭を下げ地面に額をこすり付けてお願いしてまで採血に協力してもらった思い出があります。
残念ながらその息子は助かりませんでしたが、採血に協力してくださった方々には息子が亡くなった後、お礼をするためすべての人の家を周って歩きました。


でも最後、まさか息子の最後(形を失う瞬間)を見と届けることが出来ないなんて・・・。


私の父と母が抱えて戻って来た私の息子はあまりに小さく、女房と二人、息子の心拍が停止した時以上に泣きましたよ。


一般客と同じ席で見送った悔しさ・・・

気持ちはわかりますが、まだ近くに居れただけマシです。


蜩さんの時はどうかわかりませんが、ある意味仕来りとか風習って、時には残酷なものですよね。

ちょっと暗いコメントでスイマセ~ンm(__)m。

2017/03/22 (Wed) 06:21 | 中森 ユウジ #3hdV29OM | URL | 編集
【中森ユウジ様へ】

コメントありがとうございます

お返事がたいへん遅くなってすみません。m(__)m

大変辛い経験をされたのですね。
私の方はなんともなかったですが、さすがに旦那のほうは辛かったようです。

兄妹と子どもでは、悲しみの度合いが違いすぎますよ。

2017/04/02 (Sun) 14:15 | #- | URL | 編集

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

蜩の最近読んだ本
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。